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saigoofy

気難しい猫と熊のぬいぐるみの話

母親の家はいつも奇麗に掃除がけがしてあるが、ダイニング、キッチン、または渡り廊下などでボロボロの、ところどころ茶色く変色した熊のぬいぐるみが落ちている。頭のてっぺんにひょろりと小指くらいの髪の毛の束が生えていたのだがそれも抜け落ち、鼻も目もとれそうになっている、清潔とはとても言えない文庫本くらいの大きさの緑色のぬいぐるみだ。

家には警戒心が強く人になでられるのが嫌いな気難しい猫がいる。普段は全く鳴き声を出さず、人にも近寄らない。客のいる間はどこかに隠れていて出てこないし、家からも一歩も出ようとしない。そのくせに寂しがりやで家人が誰か一人外出するたびにうなり声をあげて部屋をうろつき、そして前述のぬいぐるみを噛み、まんじりとしている。

どこでどういう邂逅があったのかは想像の枠外だけれども、緑の熊のぬいぐるみは家の気難しい白猫の唯一の慰み者であり友達なのである。誰かがそのぬいぐるみに触れると猫はじっとその様子をうかがっている。小さい座布団ほどの大きさの猫用の家で眠るときも、その友達を家の中に招き入れ友達の体に頭をのせて眠っている。一度、あまりにもその友達が汚れているので洗濯機に入れて洗おうとしたところ、どうやって見つけ出したのか、まわす前の洗濯機の中に友達を救出するために猫が飛び込み、出られなくなった事もあった。

朝夕二度のごはん時に猫の茶碗と水入れにそれぞれキャットフードと水を入れ替える。猫はすぐさまご飯を食べ、水を飲む。しばらくしてご飯をちゃんと食べたか確認するために猫のご飯場所を見ると、水もキャットフードも半分ほど残っていてなぜかその友達が碗の中に頭を突っ込むような形で突っ伏している。猫が、身動きもできず話す事も出来ない友達を、水のはいったカップとキャットフードのはいった茶碗にそれぞれ連れて行き、自分のご飯と水を(もちろん減るわけではないのだが)分け与えているのである。

もしも、何らかの事情でこの友達がいなくなってしまったら、その事をどうやってこの猫に伝えようか、考える事がある。人嫌いの緊張した日々のなかで、唯一彼の母性をそそぐ相手がいなくなってしまったことを、どうやって彼に理解させることができるのか。


他人のために何かをするという事
その対象をなくすという事
 
大切な相手がいなくなる気持ちは、まだ上手く説明できない。